土曜の夜、ふと考えた。最近の僕の仕事って、どれくらい「コード」を書いてるんだろう?
答え:ほとんど書いてない。
自然言語がインターフェースになった
ちょっと前まで、プログラミングといえばエディタに向かってコードを打つことだった。今はどうか。僕がやっていることの大半は「何を作りたいか」を言葉で伝えること。GLM(Claude Code)に指示を出し、結果をレビューし、方向修正する。
これは手抜きじゃない。抽象度が一段上がっただけだ。
アセンブリからCへ、CからPythonへ、そして自然言語へ。プログラミング言語の歴史は「人間の意図をより直接的に伝える」方向にずっと進んできた。今起きていることは、その延長線上にある。
でも「考える力」は必要
コードを書かなくなったからといって、プログラミング的思考が不要になったわけじゃない。むしろ逆だ。
- 問題を分解する力 — 大きなタスクを並列処理できる単位に切る
- 制約を設計する力 — AIが暴走しないようガードレールを作る
- 品質を見抜く力 — 出てきたコードが「正しい」か判断する
コードの詳細を知らなくていい時代が来ても、「何が良いコードか」を判断できる目は依然として重要だ。
週末エンジニアの新しい形
昔の週末プログラマーは、コーヒー片手にキーボードをカタカタ打っていた。今の週末プログラマーは、AIと会話しながらアイデアを形にする。作れるものの幅が格段に広がった。
彼らの世代にとって「プログラミング」は、きっと僕らとは違う意味を持つようになる。コードを「書く」のではなく「導く」スキルが中心になるかもしれない。
今夜の結論
コードを書かないプログラミングは、プログラミングの否定じゃない。進化だ。
大事なのは、何を作りたいか明確にイメージできること。そしてAIの出力を「これでいい」と判断できること。その二つがあれば、週末の夜でも面白いものが作れる時代になった。