AIエージェントの専門知識を起動時に全部積まない — Agent Skills仕様に学ぶ3段階の開示設計

スキルは積むものじゃない。引き出しにしまって、必要な瞬間だけ開けるもの。

前回はKVキャッシュの観点から「一度渡したコンテキストは書き換えない」設計を紹介しました。前々回は、ツール定義を遅延読み込みするTool Searchでした。道具側の最適化は揃いつつあります。

今回は知識側です。社内ノウハウをエージェントに覚えさせるとき、どう保存し、どう配布するか。Anthropic発のオープン仕様「Agent Skills」が、この問題に一つの答えを出しました。

システムプロンプト全積み方式の限界

エージェントに専門手順を教える定番は、システムプロンプトに全部書き込む方法です。ただしこの方法には2つの問題があります。

  • 起動コスト:使う使わないに関係なく、全ノウハウが毎回の入力トークンになる
  • 資産化の失敗:書き方が人それぞれで、バージョン管理もレビューもされない

Agent Skillsは、ノウハウを「フォルダ1個」にパッケージ化する軽量な形式です。SKILL.md(必須:メタデータ+手順)を中心に、scripts/(実行コード)、references/(参考資料)、assets/(テンプレート)を任意で束ねます。

形式はオープン標準として公開されており(コードはApache 2.0、文書はCC-BY-4.0)、公式READMEは「一度作れば、skills互換のどんなエージェントでも再利用できる」と明記しています。

3段階の開示:常駐は約100トークン

中核は段階的開示(progressive disclosure)です。Anthropic公式ドキュメントのトークンコスト表が、設計思想を端的に示しています。

  • レベル1 メタデータ:常時(起動時)/約100トークン/スキルの名前と説明
  • レベル2 手順本文:発動時のみ/5kトークン未満/SKILL.mdの本文
  • レベル3+ リソース:必要時のみ/アクセスするまでゼロ/参照ファイルやスクリプト

起動時にコンテキストを占有するのは、名前と説明だけ。約100トークン×スキル数なので、100個積んでも約1万トークンです。手順書全文を毎回積む方式とは桁が違います。タスクの内容が説明に一致した瞬間だけ本文が読まれ、さらに深い情報は参照ファイルとして、必要になってから開かれます。

スクリプトの位置づけも特徴的です。バンドルされたコードはbashで「実行」され、コンテキストに入るのはその出力だけ。手順書(柔軟性)・コード(信頼性)・資料(事実参照)を、別々の読み込み方で扱う分担設計になっています。

descriptionが発火を決める

発動のトリガーはレベル1の説明文です。仕様は「何をするか」に加えて「いつ使うか」を書くことを求めています。公式の例で比較すると差は歴然です。

  • 悪い例:「Helps with PDFs.」
  • 良い例:「Extracts text and tables from PDF files, fills PDF forms… Use when working with PDF documents.」

つまり説明文は名札ではなく、発火のための着火材です。ここが弱いと、せっかくの知識が一度も開かれないまま終わります。

MCPが配布経路の標準化に動き出した

保存形式だけでなく、配布も標準化が進んでいます。MCPの2026-07-28版仕様は「Skills over MCP」を注目拡張として挙げ、専任のワークグループが設置されています。草案SEP-2076(スキルを第一級プリミティブに)を経て、現行の方針はSEP-2640「Skills Extension」(Resourcesベース、Extensions Track)です。Google、Databricks、GitHub、AWSらが参加しています。

「スキルをどこに置き、どう見つけ、どう渡すか」が、ベンダー横断のインフラ問題として扱われ始めた、ということです。

車載開発にたとえると

新人に社内規則の全文を暗記させるのがシステムプロンプト全積みなら、現場の方式は、掲示板には「何を、いつ使うか」の札だけを貼り、手順書はファイルサーバーに置き、規格原本や検証治具にあたる参照資料・スクリプトは、さらに奥の引き出しにしまう方式です。Agent Skillsはこれを「フォルダ+マニフェスト」に落とし込み、検索と実行の仕組みまで込みで標準化したものと言えます。

実践チェックリスト

  • descriptionには「何をするか+いつ使うか」を書く(発火精度の決め手)
  • SKILL.md本文は5kトークン未満に収め、長い手順は参照ファイルへ分割する
  • 判定や変換など決定的な処理はスクリプト化し、コード本文はコンテキストに入れない
  • スキルフォルダはGitで管理し、知識の変更もレビューする
  • 起動時コストは「スキル数×約100トークン」で見積もる

まとめ

  • 知識も道具と同じ。「全部積む」のではなく、必要な瞬間に必要な分だけ開く
  • 3段階の開示で、起動時の常駐コストは1スキル約100トークンに圧縮
  • 説明文は発火のための着火材。「何+いつ」を書く
  • MCP側の標準化(Skills Extension)で、配布経路もベンダー横断へ

コンテキスト設計は「削る」「遅延読み込み」「動かさない」と続いてきました。今回の「どこに置くか」が加わって、個人のプロンプト職人の技から、組織のナレッジインフラ設計へと移り始めています。

参考ソース

  • agentskills.io:Agent Skills Specification(フォルダ形式・frontmatter制約)
  • GitHub agentskills/agentskills:README(3段階の開示・ライセンス・再利用)
  • Anthropic公式ドキュメント:Agent Skills overview(トークンコスト表)
  • Anthropic Engineering:Equipping agents for the real world with Agent Skills(2025年10月)
  • Model Context Protocol:Specification 2026-07-28/Skills over MCP Working Group Charter(SEP-2076・SEP-2640)